自分が何も持っていない事に気付いた

経済的にはまだ恵まれた状況にあるんだろうけど、ふと周りを見回してみると、自分には何も無い事に気づく。

およそ2年近く放置していたこのブログに、久しぶりに投稿してみるのだけど、恐らく読者なんてもう殆どいないだろう。

自分が途中でブログを辞めてしまった事が主な原因でもあるのだけど、今日このブログを再開するにあたって、数年間に渡り自分がしてきた色々な失敗を吐露しておこうと思う。

このエントリーは読者に向けてというよりも完全に自戒のために書いているから、興味がない人はもっと有益なインターネッツメディアを閲覧してくれればいい。

このブログは当時はまだあまり認知されていなかった格安SIMのエントリーではてなブックマーク300と、軽くバズった事があるのだけど、そのあたりをピークに物販にシフトしてしまったためブログでのお金稼ぎなんてみみっちい事は辞めてもっとデカく稼いでやるぜ!と、当時は1年以上続けていたブログをあっさり捨ててしまった。

辞めずにブログを続けていたら、当時からYouTubeチャンネルなどをはじめていたら、などなど悔いは尽きない。

うすうす勘づいている方もいるかと思うが、今おそらく自分は人生の岐路に立たされている。

 

なんだ借金まみれにでもなったのか。

事業に失敗して首が回らなくなったのか。

女に狂って一銭も残らず使い果たしたか。

 

どれも違う。

借金して起業するほどの度胸も無ければ、人を巻き込んで事業をして一山当ててやろうと奮起した事もない。

できれば失敗したくない。ローリスクローリターンでもいい。人付き合いは面倒臭いし仕事は全部ひとりで完結させたい。

 

そんな生き方を齢三十になるまでしてきたわけだから、周りに心から信頼してくれるような恐らくいないだろうし、まともな人間関係など築けてこれなかった。

 

海外移住してから一念発起して色々な事業にチャレンジしたけれど、何もかもが中途半端で、どれも妥協案を見つけては辞めていった。

 

思い返してみれば昔から何か一つの事を成し遂げる事ができなかった。継続は力なりとはよくいったもので、この年齢になると周りにはその道のプロフェッショナルと呼べる人たちや、会社経営についてはるかに自分よりも才能や経験のある同年代をちらほら目にするようになる。

彼らは漏れなく大学、もしくはキャリアをスタートさせた瞬間から毎日のように勉強を続けてきただろうし、周囲の人間が女や酒、ギャンブルに興じている間、自己投資として様々なスキルを身に着け、私のような引きこもり気質にはできないような経験を積んできただろう。

 

少し会話をすればわかる。

 

と言うほど自分は何も見えていない。

 

むしろ相手の方がよりわかっている。「こいつ経験値少ないな」と。

 

同世代の飲み会では一応は会社に属さず生計を立てているから珍しがられるし、羨ましがられる事すらある。

その瞬間は正直自分も悪い気分はしない。

 

ただ向こう3年、5年先を考えてみるとどうだろう。

現状を維持できているだろうか。

 

嫁と子供2人とメイドさん2人を家賃月9万円のコンドミニアムにきちんと住ませられているだろうか。

 

今思うと家庭を築くという事がこれほどまで大変な事だと思わなかったし、所帯を持った事で毎月の支出も増えた。

ここ1、2年は物販の業績はすこぶる良かった。

しかし良い事ほど長くは続かない。Googleのアルゴリズムアップデート、景表法の遵守、とにかくひとつビジネスを成り立たせるのに色んなカベを乗り越えていかなければならないと痛感する。

自分にはビジネスを語る資格などないのだけれど、スモールビジネスですら維持するのにそれなりの労力を強いられる。

とはいえ、物販のビジネスにフルコミットしてきたかというと、実際は全然で、調子が良い時にアホみたいに海外旅行へ行って、やたらと高いホテルに泊まっては「経費だし大丈夫」と自分に言い聞かせていた。

 

この時点でこいつに伸びしろは無いなと思われるだろう。

実際その程度の人間だったんだなと今痛感している。

 

繰り返しになるが今自分には何もない。

 

心にはぽっかりと穴が開いているような気分で、空虚以外に今の状況を表す言葉がない。

 

ジムへ運動したり、オンラインで語学レッスンを受けているときは一時的に気分が良くはなるが、将来について考えると漠然とした不安に駆られるし、売上がしばらく上がらない状況が続いたりすると、「そろそろ生活水準を落として出稼ぎにでも…」と求人サイトを眺めたりする。

とはいえ貯金は2000万円以上あるから心配はいらないだろう、と自分に言い聞かせたりもするが、ハッキリ言って10年とニート生活できない金額だ。

子どもの養育費、生活費、医療費諸々何かとカネはかかる。

 

20代の頃は会社勤めなんかダッセェwwwと草を生やして息巻いていたが、身の丈に合わないお金を手にしてから堕落した生活を送り、そのツケが今まさに廻ってこようとしているのを感じると、つくづく自分の器の小ささに嫌気がさす。

 

30代ならまだ遅くはないか。今からTOEIC、TOFLEの勉強頑張るか?英語だけじゃダメだスペイン語も。そんな感じで20代の頃と同じように色んなものに手を出して、結局どっちつかずな器用貧乏のままで終わってしまうのか。

何も持っていない40代なんて悲惨過ぎる。

子供たちが大きくなって養ってもらうのを期待する親なんてものにはなりたくないし、たまにあって人生や哲学について熱く語り合えるような人間関係すらないそこらへんのおっさん。

人生100年時代なんて言われているけど、人生ってのは結構あっという間に終わって、出番を待ってる次の連中たちがポンポン産声を上げて来るんだろう。

とにかく海外に出てからの5年というのは早すぎた。

別に自分のしたい事が全くできなかったなんて事はないし、むしろ出来過ぎていたぐらいなのだけれど、そのしっぺ返しがそろそろまとめてやってきそうだ。

 

10代の頃からひきづっていた鬱は、20代で経済的に裕福になってもう二度と遭う事はないなクソヤロウと思っていたけど、なんてことはない一生脳髄の裏っ側から離れる事はない。

ただちょっとの間不感症になっていただけだ。

 

鬱だなんてとってもおセンチな人だ、と自分の事を知らない人は思うかもしれないが、自分という人間は実に短絡的で、売り上げがたくさん上がってるときはノー天気に金を遣うし、逆に売り上げが全然上がっていない時はもう人生ダメだとなるのだ。

じゃあ毎回ブログにこんなメンヘラチックな内容を書き込んでいるのかというと、ご覧の通りほぼ1年ぶりのエントリーだ。(過去のいくつかの記事は意図的に日付を新しくしたりしている。)

 

じゃあなんでこんなエントリーを書こうかと思ったかと言うと、もう悩むのはこれっきりにしたいと思ったからだ。

 

たかが数十万の売上で一喜一憂するような人生を続けると、おそらく20代の過ちを繰り返す事になると思ったからだ。

 

確かに大学ぼっちだった頃に夢描いていた誰にも頼らない自由なライフスタイルは獲得できた。

 

ただそれを維持するのには努力は言うまでもなく、精神的なタフさも求められる。

 

就職活動すらまともにしてこなかった元ごく潰しが、今更将来の事を考えて不安になっているのだから、自業自得としか言いようがない。

 

理想のライフスタイルを手に入れてからしばらくは会社勤めしている人間を蔑んだ眼で見ていたし、年下だからと舐めた態度を取って来るサラリーマンに対しても偉そうなことを言った記憶がある。

 

お前ら毎日何時間も拘束されて大したカネもらえてないんだろ?税金だって払いすぎだ。

 

当時はどういった人たちが社会を形成して、そして自分がその社会で恩恵を受けられていたのかという思慮に欠けていた。

 

20代後半でそのレベルなのだから目も当てられない。

 

残念ながら最近はやりのノマドブロガーの中には同じような思想を持ってやたらとマウントを取りたがる人間が多数いるが、いざ自分が食えなくなったら、今度は今まで自分が忌み嫌ってきた「社畜」になる番だ。

今からお辞儀の練習でもしておくんだ。プライドをかなぐり捨てろ。

 

勝って兜の緒を締めよ。失敗の原因分析ではなく勝利した理由を必死に考えろとはよく言ったもので、どちらもしてこなかった。

 

どちらも余裕をこいてる間に鮮度を失って、今思い返そうと思ってももう遅い。

 

今回のエントリーで自分がいかに見栄っ張りで思慮の浅い人間かおわかり頂けたかと思う。

恥をさらす意味もこめて今回の投稿は最上部の固定して毎回ブログを投稿するたびに自分自身に見せつけてやろうと思う。

 

他人と比べて現状が良いかどうかという問題ではなく、自分自身が今いかにヤバい状況にあるのか、今後生きるか死ぬかについて必死に考える時期だという事を自覚すべきだ。

 

もし今後小さな成功を納めても、またこのページに戻ってこい。

お前はまだ何にも手に入れてないし、何にも成し遂げてない、このまま惰性で生きたら残ってるのはせいぜいフィリピンの片田舎での自給自足生活ぐらいだ。

 

自覚しろよクソが

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です