フィリピンでフリーランスとして働いてみて感じていること

おかげさまで、フィリピン移住後からなぜか専門でもないサイト制作の受注が増えてきて、とことん運にだけは恵まれている人生だなとつくづく思う。

フィリピンに移住したきっかけは、現地の不動産に興味が湧いたのと、20代後半にしては圧倒的に金融や法律の知識に疎いという自覚があったからで、サイト制作でメシを食っていこうとは考えてもなかった。

しかしなぜかクライアントからの発注が止まない。

今「クライアント」という言葉を使っているのもなんだかムズ痒い。

クライアントは現地在住の日本人であったり、フィリピン人であったりと様々なのだけれど、人と会えば会うだけ仕事の案件が増えてくる。サイトの設置をしてほしいだとか、フィリピンの英語サイトの日本語訳をしてほしいだとか、そこそこ好条件で仕事が入ってくる。

 

プロじゃないんだよ…

 

セミプロと呼ぶのもややおこがましいぐらいだが、日本語翻訳もただ英語がちょっと自信あるというだけで、大学時代に英語を専攻していたわけでもない。サイトの制作・運営は、趣味というか「ビジネスマンのたしなみ」程度の認識でいるので、今の時代営業ツールとして誰もが身に付けるべき知識なんじゃないかとすら思っている。

ただ、コーディングやデザインがバリバリできるとかいうタイプではなく、英語で書かれているサイト制作に関する記事なんかを逐一参照しながらシコシコサイト制作している。

 

 

ディレクターとしてなら

 

実を言うと細かいCSSのルールなんかもすべて頭に入っているわけではなく、先ほども言ったように逐一参照している。さすがにこんな調子だととても一人で処理しきれないので、フィリピン現地のデザイナーやプログラマーにアウトソースしてなんとか凌いでいる。

安い。

これなら日本人に仕事を発注する必要もなくなってくる気がする。フィリピン人の割には納期もきちんと守ってくれる。面白いことに実はまだ彼らと顔を合わせたことがない。金銭とメールのやり取りのみをひたすら繰り返している。そんなこんなでもう半年、いまだに彼らとの関係は続いている。

半年間ほど日本人クライアントとフィリピン人技術者との板ばさみを経験してみて、言語ひとつ(実際は二つか)で仕事として成り立つのは実に面白いなと実感する。

恥ずかしながらWEB制作を仕事として経験したことは、大学時代のインターンを除いて一切ない。そのインターンも、明らかに煙たがられていて、特にそれらしい仕事を成し遂げた記憶もない。

 

 

本業ってなにかね

 

フィリピンでは「サイト制作の人」というより「不動産ディベロッパーの腰ぎんちゃく」という位置づけが個人的にはしっくり来るのだが、こっちでのメインの業務は一応「不動産業」ということにしている。ただ、相手の反応を見る限り、「WEBサイト作ってます!」といった方がウケがいいので、毎回あたかも自分がWEB制作のプロみたいなツラをして自己紹介している。

物販でメシ食ってます!不動産仲介でメシ食ってます!

だと、経験上どちらも仕事の話にはなりにくい。

 

そんなわけでフィリピンでは各ディベロッパーの不動産を試行錯誤しながら宣伝している。そしてまたプロでもないのにフィリピンの、それもそこそこお偉方の通訳も担当する機会にもありつけた。さすがに緊張したし、こっちはまだお金には繋ってないけど、そのうち芽が出てくればいいなと前向きに考えてる。わずか1時間の通訳だったけど、プレゼンしつつ通訳しつつで脳みそがフルスロットルだった。

とにかく今はなんでも挑戦するだけで価値があるとすら思っているので、面白そうなことにはとりあえずイッチョ噛みの精神で、色々ツバつけてみるのもアリではと考えている。

 

 

日本にいたらたぶんまだ下を向いていた

 

 

フィリピンを訪れた人が感じる「開放感」っていうのは、何もリゾート地でなくても、そこらじゅうで感じることができると思う。この国には、日本人のように律儀に「分相応」な生き方をする人が少ないからだ。まだまだ経済的な基盤ができていないから子供を作るのはやめておこう。日本ではこれが一般的で、良識のある人間の考え方だと思われるだろう。

しかしフィリピンでは、国が特に政策に乗り出しているわけでもないのに、ポンポンこどもがオギャーと産まれてくる。定職に着いていなくても着床はさせる。先月ついに人口が1億人を突破した。フィリピンの統計などあてにならないからきっと半年ぐらい前にはすでに1億人突破してたんだろう。

貯金ができなくても金を借りる。返済するだけの力が無くても闇金に手を出す。最悪、臓器を売る。世紀末。

それでもこの国には「不幸」を感じさせる要素がない。

マニラに住んでいるので、周囲のフィリピン人もそれなりの生活水準ではあるのだが、それでも世帯収入や生活費について聞くと少し相手のことが心配になってくる。「ほんとに借金せずに生活できてるんだろうか。」頭の中で何度も電卓を叩くが、最終的に表示されるのは、「Bahala na(バハーラ ナ)」。日本語で「何とかなるさ」。

実際何とかなっている。

日本より貧しい国なのに、日本人ほど下を向いて歩いている人を見かけない。

 

私も日本にいた頃は、まだ若かったというのもあって、周りの目気にして生活していた。気にしないそぶりはしていたけれど、どうしても気にせずにはいられなかった。なるべく他人と目をあわさないでいるのが気楽だった。

これだけ豊かになった日本なのに、今でも右倣えの不幸自慢がけったくそ悪いし、儒教社会特有の年功序列も時代遅れでナンセンスとしか思えない。

 

 

若いうちは失敗してみるのもいいでしょう

 

上のセリフは、私が大学時代に受講していたゼミの最後のクラスで、シュウカツ報告やら進路発表だかなんだかの発表の後に、教授から吐かれたセリフだ。

私が発表の場で何を言ったかというと、会社にいかないでネット環境だけでメシが食っていけるようになりたい。といった内容だ。当時私は世間一般で行われているシュウカツなんて行為はまともにしていなくて、ひたすらフリーランスの方とスカイプで話を聞いたり面談してもらったりしていた。

そんなワケで同じゼミ生から見たらタダのキチガイだっただろう。実際疎まれていたのは肌で感じていた。

当時大企業に就職する気は毛頭なかったし、(日本社会では)協調性の無い人間だと自覚していたので、日常生活ですら息苦しさを感じていた。今も日本に帰ると微妙に呼吸器系統がおかしくなる。冗談じゃない。海外で感じる日本人からのねっとりした視線も好きじゃない。

イレギュラーはイレギュラーとみなされた時点で排除。失敗とみなされる。

 

 

教授の言葉を額面どおり受け取れたとしたなら、全くその通りだ。

若いうちは何事も挑戦して一杯失敗してみるもんだと強く実感している。

 

フィリピンに来てから。

 

 

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国外での出稼ぎで適当に稼げたので、アジアで長期バカンス中。日本社会に復帰する気など毛頭御座いません。面倒臭い取材やら乞食まがいのご相談も一切対応しません。しばらくタイ語はじめとする言語の強化に集中します。ニンゲンコワイ

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